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2008年 06月 17日
騾美庵万年筆倶楽部主催「万年筆で描く展」の来場者人気投票で、何がどうしたことか?人生二度目の一等賞を頂きました。 それを良いことに今度は旅のスケッチ展を開くことにしました。 ここまで来ると、何だか隠し芸大会のようでもありますが。 一応、今現在も絵描きなので「直球も投げれます」的な感じです。 ホントのことを言えば…、 みなさんのおかげで禁酒商店のレンタルが初年度にも関わらず稼働率を6割台に載せることが出来ました。 しかし、直前のタイミングではどうしてもレンタルの空きができてしまいます。 そこを有効に活用して、「いろいろなものを見ていただくのもいいかな」と、いうわけです。 本日からはじまっております。お忙しいとは存じますが、 ちょいと珈琲でも飲みがてら、「あれっ、絵も描くの?」とご笑覧いただければ幸いです。 詳細はこちら>> 2008年 05月 13日
とある橋のたもとに珈琲店があります。初めてその珈琲を飲んだのは26年前のことです。マスターの淹れる珈琲は、深くて重く、香りの高い、それはそれはおいしい珈琲でした。ある歳の暮、オーナーの女性から「小石原さん、年賀状の挿し絵を描いてくれんじゃろーか。」と頼まれました。それがきっかけで、毎年、その界隈をスケッチすることになりました。冬の屋外で絵を描いたあと、お店で頂く熱い珈琲はとても楽しみな一杯でした。 そのオーナーは数年前に他界され、お店で顔を見るたび「小石原さん!」と声をかけてくれたマスターも今年の桜の季節に逝ってしまいました。 とても可愛がっていただいたお二人に、追悼の思いを込めて、ちいさなスケッチ展を開きます。お近くにお出かけの際は、お立ち寄りください。 詳細はこちら>> 2008年 03月 06日
相変わらず、究極の固ゆでたまごの研究は続いておりますが(←続いているのか!?)、久しぶりに個展をすることになりました。前回は2006年に初めての「油絵」の展覧会でしたが、今回は初めての「工芸」の作品展です。とはいっても公開こそしていませんでしたが、この道の芸歴20年ほどになります。最初のキッカケは、その頃、正倉院の螺鈿紫檀五弦琵琶に魅せられて螺鈿細工にはまっていました。それに使う夜光貝が高価で私には手が出ず、知り合いの日本料理店の大将にアワビの殻を分けてもらっていました。ある日「おにいちゃん、うちの欠けた器、直せんかなぁ?キンツギゆうのがあるじゃろぉ」「螺鈿が出来るんならおんなじ様なモンじゃけぇ」と、大将。というわけで、以来、欠けた器が溜まるたびにそのお店の繕いを引き受けていました。大将のお店はずいぶん前に閉店してしまったのですが、直した器も結構あるので皆さんに見て頂くのもよいかと思い、今回の個展となりました。普段遣いの器でも欠けたり、ひびが入っても愛着のあるものを繕って使うのは、また違った器の世界が広がります。キンツギってなんじゃ?って方もぜひお出かけください。 詳細はこちら >> 2008年 01月 18日
さて、新しい年になりました。例によってこのブログ昨年の記事は2つ、5年もやってて記事7つ、つまり平均更新回数年1.4回。これを平均2.0回にしようとすると、今年は5回更新しないといけません。(相当厳しいのでこれは目標にしないことにします。)で、その間、何もなかったのかといえばそれどころか、アレをコウしてアアやればコウなると思ってソウしてみたら、ソッチからソレがアアなってとんでもないところからコレがソウなったり、ソレならコレでコウしてみるかと思いきや、今度はソレがアアなっちゃったりで、まあ、ほんっとにヤレヤレな1年でした。そんなこんなの11月の終わり頃、やっと、ちょっと落ち着いてモノを考えていた時、アレが来たんです。そう、あたり前と思っている「コト」が不意にノーマークの角度から襲って…。それが今回は「ゆでたまご」だったのです。 とあるキッカケで「カレーライスに合うゆでたまごとは?」という問いが頭に浮かんだのです。普段は温泉たまごや半熟が好きなのですが、ここはどうしても「固ゆでたまご」だ!と、ビジュアルが先行してしまったのでどうしようもありません。先に反省します。「固ゆで」をナメテました…。恐るべき「固ゆで」の深遠なる世界!これに比べたら、そこらのラーメン屋の煮たまごなんぞは小手先仕事の振付家みたいなモンじゃ! というわけで、それから2ヶ月。茹でては喰い、茹でては喰い、喰っては茹で、喰っては茹で…いまだに続いている、究極の「固ゆでたまご」をめざした怒濤の試行錯誤はまた次回に。(つづくのか?) 2007年 09月 05日
9月になったのでイチオウ秋になりました。今年の夏はエアコン無しで乗り切るにはあまりに暑く、それでも、風のとおりの良い自宅はイケルか?と思いました。が、さすがにお盆前後の暑さで眠れない夜が続き、とうとう我慢できず、仕事場の窓用エアコンを持ち帰りました。おかげで、今度は仕事場で普通に熱中症になりかけました…。 そんな今年の夏の暑さを救ってくれたアイテムは「蜜柑水」。東紀州に旅をした機に道端の果樹園で見つけた、摘果されたまだ青い蜜柑。地元のひとは酢橘の代わりに使うとか。それを半分に切ってグラスポットの水に浮かべ、冷蔵庫で冷やすだけ。甘味は無いけど、ほんのり蜜柑の甘酸っぱい香りと味、水を透かして浮かぶ碧の涼しさ。この蜜柑水があれば、来年もまた、暑い夏でもいいかなと、ちょっとだけ思います。 2007年 05月 29日
![]() ずっと気になっている「こと」があるのに、どうしてもそれがわからない。いつもいつも考えているわけではないのに、何かの折にそれを眼にすることで、ふっと、また疑問が頭をもたげて、何だろうなぁ…と、ひとしきり考えるのだけれどやっぱりわからない。そんな疑問がいくつかある中で、この十数年来の疑問だった「洗い出し」の謎がやっと解けた。少し旧い家の玄関や縁側の三和土にある例の左官仕事のそれ。気づかなければそこにあるのがあたり前のような、そんな「仕上げ」だけれど、これも人の手によるものと思えば「どうやって作ったのか?」と…。言葉のとおり「何か」を「洗えば」良いのだろうが、材料、段取り、手順、頃合い、収め…きっと細かい技がいろいろ込められているのだろうとは思うが、さっぱり自分の中で組立たない。 これまでも現場で、職人さんに会うたびに尋ねてみたが「ありゃ、結構面倒じゃけぇ」「最近は頼む人もおらんけぇ」「素人には無理じゃ」等々。こうなると、余計に匠の技が満載の予感!!どうしても知りたくなってくる。 そして、ついに今日、「その」謎が解けた!! 津山線に乗って1時間半。その左官(シャカン)さん、「ひととおりのことしか教えられんけど…」と言われたが。いやはや、前日からきちんと下準備までしてくださって。ほんとに贅沢なプライベートワークショップでありました。 帰り際に「使っとらん奴じゃけど、今日の記念に…」と、きちんと手入れされた本職用の鏝まで戴いてしまいました。これはもう宝物です。 そして今日の匠の言葉 「相手が身動きとれるうちはダメ、自由が利かなくなってから一気に頭を押さえ込んで、水の引き際を見計らって、丁寧に洗い出す」 職人の技に基づく知恵は深いです。 2006年 12月 08日
![]() 平面の作品展を開催する事になりました。モデルへのインタビュー、ワークショップ、久しぶりの油絵具、支持体づくり、地塗、具象、オイルペインティング…プロセスのすべてがどれも新鮮でした。 今回のテーマはタブローでないとできないと思いまして久しぶりに絵を描く事にしました。 考えてみたら、油絵を発表するのはこれが初めてです。 今回の題字は書家の紫舟さんに書いて頂きました。 27日には上村なおか、三浦宏之をゲストに迎えて、ダンスパフォーマンスも予定しています。 ぜひご高覧下さい。 2006年 10月 31日
それも水揚げされたばかりの透き通るような上物だ。前々から、大谷さんを誘うなら昼飯はそれと決めていた。大谷さんと二人、伊丹から中国地方の西の端にある劇場を下見に行くことになっていた。その後の仕事の予定が無かったら大谷さんは間違いなく麦のロック、私は土地の地酒でいっぱいやったとこだ。シコシコした歯ごたえはそれまでに経験したことの無い快感。腸に至っては濃厚なクリームのような舌触り。こんなに美味いものを真っ昼間からやられてはひとたまりも無い。そして、また今度の新作も一緒にやりましょうと言うことになった。と、記憶しているような気がする。それから暫くしたある日、大谷さんから「新作のタイトルが決まりました」と連絡をもらった。いや、今度はDB前のたこ焼き屋だった。たしか、3本目のボトルが空く頃だった。と、記憶しているような気がする。「水の底」その作品のアイデアを聞いて、その後、終電までの間に4本目のボトルを傾けながら、私は「水の天井=水面」について散々喋ったらしい。のだが、記憶が定かでない。なのに今回の作品は「水の天井」と「空の底」のあわいをやろうと思っている。そう、『そのなめらかな天井を、つぶつぶ暗い泡が流れて…』きらきら光る金雲母の、クラムボンがわらってゐた、その膜に映した赤い眼玉、突き刺さった嘴を、本当は知っているのだから。<千日前青空ダンス倶楽部「水の底」公演パンフレットより転載> 2006年 01月 26日
もうすぐ1月も終わりますが、久々に更新です。
このブログもついに3年目に突入。←(そんなにやってたの?) で、記事はたった2件。あーあ。 ちなみにブログ沿革 2004年 ブログ開設するも1年放置 記事数0件 2005年 初の記事を投稿するも… 記事数2件 2006年 ちょっと反省して… 更新目標3回!! この目標が達成できなかったら(?)ブログを閉じることにします。 これぐらいなら多分大丈夫…、おそらく大丈夫…、少しは大丈夫……。 そんな具合だから、ふと気づくとこれまでの仕事のデータが未整理のまま山積み。 なので今年のテーマは「整理整頓」にしてみました。 本年もよろしくお願いします。 2005年 05月 06日
ここ数日、いろいろ考えなくてはいけないことがなかなかまとまらない。集中力に欠ける状態が続いている。気分転換に友人に借りた桂文治のCDをきいてみる。これがかなりよい。落語といえば、最近ドラマでクドカンが浅草を舞台に「タイガー&ドラゴン」をやっているのを見た。テンポはあるけど手法としての「本歌取り+劇中劇」は大して新しくもなく、川上音二郎の時代にすでにあったものを現代に置き換えているに過ぎない。そして、おもしろいと思ったテンポも何回か見るうちに一定の法則を持ったリズムボックスのような感覚に軽い気だるさを感じる様になる。これが生身のパーカッショニストがライブで作り出すようなリズムだったらどんなだろう。 で、文治の落語はというと、このリズムとテンポが実に小気味よいのだ。彼は本当に日本のことばを大事にした噺家の1人だ。近ごろ文科省がしきりに言っている「美しい日本語」とは全くもって別物で、彼の言い回しを使えば「様子のいい日本語」というところだろう。演目は「掛け取り」という古典、大晦日に長屋の夫婦が借金取りをうまく追い返すお話し。江戸の言葉に現代の感覚も少しだけ交えて、きちんと周到に考えられた「間」の上に放たれて行く「言葉」。完璧な話藝だ。 実は一度、生前の彼の高座を観た事がある。初めて落語をライブで見たのもその時。浅草演芸ホールの午後の部の「主任」が彼だった。彼は高座に上がると、前の演目がおしてしまって、トリを務める自分の持ち時間が無いということを客に詫びた。「でもまあ時間まで、せっかく来て下すってンでっ、マクラだけ」といって、「恰好良い」ではなく「様子がいい」が言葉としては正しいという噺をした。短い時間に説教臭くなく彼の持論を客の笑いの中に滑り込ませる。最後に「明日もやってますから」。それから数ヶ月して彼の訃報が新聞に載った。サワリもサゲも聞けないままだ。「なんだね、文治って奴ぁ、サゲねぇまんま昇っちまいやがった…。」
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